マルコによる新明解独語辞典

WEB連載「マンガのスコア」とマンガ「ゴミクズマン」の作者のブログです。

映画「怪物」 傑作であるのは間違いないが若干の苦言を…。

【ネタバレ感想】

封切り翌日の土曜の夜、レイトショーで観に行った。

客の入りは良かったと思う。カンヌ映画祭の受賞報道から程なくの公開というタイミングも良かった。

カンヌの受賞は脚本賞だったが、脚本を担当した坂元裕二氏は、もっぱらテレビドラマが主戦場の人とはいうものの、前作「花束みたいな恋をした」で、相当な実力者であるという認識を当方も持っていた。

それに是枝裕和監督の演出が加われば、もう品質に間違いはないだろうという構えで観に行ったわけだが、いざ観始めてみると、これがもう予想を裏切らない面白さ。

印象的な火事のシーンから始まるが、最初はごく平凡な母子家庭の日常を描いているかのような緩やかなスタート。ところが次第に不穏な空気を漂わせ始める。最初は何が問題になっていて、誰がおかしいのかもよくわからない。

どうも最初の方では息子がおかしい。つまりタイトルの「怪物」とは、この息子のことなのだろうと見当がつく。ところが物語が進むにつれ、この息子の通う学校の先生がおかしいということが判明する。校長先生以下担任の教師に至るまで、みんなおかしい。

とりわけ永山瑛太演ずる担任教師の「怪物」ぶりは見事の一言に尽きる。あの、たどたどしいお詫びの演技一つで、もう完全にこいつは「アウトなヤツ」だということがわかる。

そのあと、母子家庭のことにふれた失言と、あめ玉のダメ押しが続く。後者二つは非常に面白い演出ではあるものの、あるいはなくてもよかったかもしれない。後段の伏線回収でもここは回収し切れていないように思うのだ。

映画は大きく三つのパートに分かれており、最初は安藤サクラの母親を主軸にしたパート、次に永山瑛太の担任教師のパート、最後が子どものパートだ。

実は一番面白いのが中盤の永山瑛太パートで、最も緊迫した展開と、どんでん返しの連続で魅せるところだ。

どこをどう見ても同情の余地は一切ないかに見えたあの教師が、実はそんなに悪い人ではなかった、ということになっていく。いや、「そんなに」どころか「まったく」悪くなかった、と言ってもいい。

しかし、そうなるとあの、あめ玉と母子家庭発言はどうなるのか。母子家庭は、実は自分もそうだったということが後で触れられるが、だからといってあの発言はマズイだろう。

ここは人物造形として「まったく」悪くない…わけでもない、という、少し陰影のある人物像を提示したいという作り手の意図もあったのかも知れない。完全に回収しなかったのも意図的だ、と見ることもできる。

 

いずれにせよ、ここで「怪物」は先生ではなく、やっぱりあの子どもの方らしい、という逆転劇が起こる。さらに主役の子どもに絡むもう一人の子ども。

この子がまた、最初はよくわからない感じで、まったく絶妙だった。玄関に息子の片方の靴が見つかるエピソードの巧みさ。もしや、この子こそが諸悪の根源なのか?しかし、この子自身もいじめられてるっぽいぞ。いったいどういう子なんだ、この子は…。という謎めいた展開。

そして、その後に瑛太先生パートが続くのだが、ここがとにかく無類の面白さ。ただ、結果的にここがあまりにも面白すぎることが、皮肉なことに作品全体の瑕疵になってしまっているようにも思える。

作り手としては、最も力を入れ、観客にも一番味わって欲しいと意図していたのは最後の子どものパートの部分なのだろう。

ところが観客(少なくとも私)の感覚としては、もう作品のピークは安藤サクラ演ずるお母さんと永山瑛太先生の二人が手を取り合い、嵐の中を駆けるシーンで極まっており、その後は、どうしても付けたりのよう見えてしまうのだ。

坂元氏の脚本が素晴らしいことを認めるのにやぶさかではないのだが、やはりこれは話を盛り込みすぎて構成が破綻していると言わざるを得ないのではないか。

前菜があまりにもおいしすぎて、十分堪能したものの、メインディッシュが出てくる頃には、もうお腹いっぱいでまったく食べられない…という高級レストランのフルコースにありがちなパターン。

正直言って、中盤まであんなにドキドキしながら作品に没入していたのに、いつのまにか「あれ?なんか長いなと思い始めているぞ」と気がつくのであった。

けっこう息詰まる展開が続いて演出も見事の一言に尽きるのだが、そのわりにテンションも上がらず、気持ちも思いのほか揺さぶられない。

冷静に考えて、やはり、あれはどこかを削るべきだったのだと思う。

遺憾ながら、子どもパートはもっとスリムにしても良かったのではないか。

あるいは、どうしてもここが本丸だというのなら、涙をのんで、あの面白すぎる瑛太パートを短めにするしかあるまい。

時間を巻き戻して伏線回収する妙味は瑛太パートで十分堪能してしまっていたので、子どもパートでのそれが、あまり効果を上げていないようにも思えた。なんか同じパターンを延々やっているように見えてしまい、捌き方のうまさには感心するものの、正直、腹がくちくなっていて十分味わえなかった。

これが四十分三本立ての連続ドラマであれば、また違った見え方になっていたかも知れない。しかし、いっきに見せる一本の映画としては、ミチミチに詰めて重たくなりすぎてしまったように思う。

脚本家としてはベテランかつ超一流の坂元氏にして、案外、全体の構成に対する目配りという点に弱いところがあるのではないか。

二時間強という映画の尺の中で観客のエモーションをコントロールすることについて意外に無頓着というか、お客さんの胃袋の容量も考慮に入れて献立を作るなどの基本的なところに考えが及んでいないように思えた。

前作「花束みたいな恋をした」では、全くダレることがなく、クライマックスの見せ場で観客の情感をマックスに持っていき涙腺を決壊させた手腕を思えば、坂元氏に、もともとそうした力はあるとは思うのだが…。