マルコによる新明解独語辞典

WEB連載「マンガのスコア」とマンガ「ゴミクズマン」の作者のブログです。

フリーズする私

(承前)「飲み会が苦手だった私

 

パソコンがフリーズするという話はよく聞くが、人間も、ときにはフリーズするのである。私のような口下手な人間は、よくフリーズする。たとえば、突然、話しかけられたりすると、とっさに声が出なかったりする。

 

そういえば、職場の人の結婚披露宴というのに出て、ひどい目に遭ったことがある。

披露宴の最中、突然、司会の人が私にマイクを向けて発言を求めてきたのだ。私は、なんの用意もしていなかった。そんな場合でも、適当に当たり障りのないことを言って、その場をやり過ごすのが、大人の対応というものだ。しかし、その時の私は、文字通りフリーズ状態になってしまった。とにかく、なんでもいいから何か言わなくてはならないのに、何も言葉が出て来ない。「あー」でも「うー」でもいい、「突然のことで何も思い浮かばないんですけど」みたいなことでもいいのだ。

しかし、全身が硬直してしまい、声が出ない。呼吸がおかしくなってきているのが自分でも分かる。棒立ちでマイクを握ったまま、いつまでも無言の私に、なんとかしゃべらせようと、司会の人は、手を変え品を変え、声をかけてくる。会場にヒンヤリした空気が流れはじめる。シャレにならない雰囲気になってきた。だんだん頭が真っ白になっていき、ふと気がつくと、私は呆然としたまま席に着いていた。何があったのか覚えていないし、思い出したくもない。

 

さらに遡ると、こんなこともあった。大学のある授業でのこと。先生が学生達に向かって「今、○○の美術館で△△の展覧会をやっていますが、見に行った人はいますか。」と言った。私の他、二、三人の学生が手を挙げた。

先生は、一番近くに座っていた私に向かって「見に行って、どうでしたか」と聞いてきた。この時も、私は完全にフリーズした。こういうときは「えーと…」でも「あのう…」でも、なにか声を出さなくてはならない。ところが、その時の私は、全くの無言であった。

いささかムッとした先生は、「とにかく立ちなさい」と言う。私はすぐさま立ち上がったのだが、それでも声を出すことができなかった。先生は、こういう私の態度を「反抗的」と受け取ったようだ。私は反抗しているつもりなど毛頭なく、むしろ、なんでもいいから何か言って、早く座りたかった。しかし、先生は許さなかった。「よーし、こうなったら根くらべですよ。ちょっと君、前に出てきなさい」

私は前に出て行き、教壇の上に立たされることとなった。多くの学生達が皆、こちらを注視している。だんだんノドがカラカラになってくるのがわかる。先生は、半ばからかうような調子になってきて、「黙っていれば何とかなると思ったら甘いですよ。君が何か一言でも言わないかぎり、何時間でも待ちますよ。はいどうぞ。」などと言う。早く何か言わなくては…。展覧会の感想…展覧会の感想…展覧会の感想…何か言葉…何か言葉…何か言葉…

頭は、ただむやみに空回りするだけで、まともに内容のある言葉が浮かんでこない。とにかく声だ。まず声を出すんだ。声ってどうやったら出るんだっけ…?

………

………

気がついたら、私は、もとの席に着いていた。

誰か別の人が、とうとうとしゃべっているのが、ぼんやり聞こえる。どうやら「根くらべ」に負けた先生は、別の生徒を指名したようだった。

 

…といったわけで、とっさの出来事に対して何か適切な反応をする、というのが、私は、からきしダメなのだ。とにかく「突然」というのがダメのようだ。突然、道端で知っている人に出くわし、「おう、ひさしぶり」などと声でもかけられようものなら大変だ。

「アッぶ!ひ!?」などと訳の分からない声を発し、顔面におびえた表情を張りつかせたまま通り過ぎることになる。しばらくしてから、「イカン!今の反応はマズかった!」と気づくのだが、あとの祭りである。

 

ちなみに上で例を挙げた大学の先生だが、私のこうしたオドオドびくびくした雰囲気が、よほど、この先生の嗜虐心に火をつけてしまったのだろう。その後、先生はなにかと私に目をつけるようになった。たとえば、授業の開始時に突然、私を指名し、「君が出欠を取りなさい」などと言うこともあった。私が言われたとおり、前に出て行き、うわずった声で、たどたどしく名前を読み続けるのを、しばらく横でニヤニヤ眺めた挙句、「あ~~、もういいですっ(笑)。あとは私がやります」などと言って突然、出席簿を奪い取ったりした。

私は、大学入学当初はどんな授業でもだいたい真ん中の最前列近くで聴講するのが常であったが、こうしたことが繰り返されるので、やがて他の学生達たち同様、後ろの端っこの方に避難するようになった。

 

「よくわかるよ」につづく。