マルコによる新明解独語辞典

WEB連載「マンガのスコア」とマンガ「ゴミクズマン」の作者のブログです。

「よくわかるよ」

(承前)「フリーズする私

 

人見知りが激しく、いつもむっつりしている。

こういうヤツを見ていると我慢できない人が多いらしく、私は、いろんな人からよく説教された。どれだけ多くの人から懇々と説教されたことか。かなり高圧的にやられることもあったが、親身な感じでやさしくアドバイスしてくれる人もいた。

ふだんから陽気でよく喋る、みんなの人気者みたいな人が話しかけてくることもあった。

さすがは人気者だけあってよく気がつく。飲み会の席で、一人ぽつんと座っていたりすると

「どうしたんだオマエ。まあ、ちょっとこっち来いや」と呼ばれる。

「キミみたいに、あんまり喋らないヤツの気持ちもよくわかるよ」と言う。そして必ず「実は自分も人見知りのところがあって」と言う。これはもう必ずと言っていいほど出てくるセリフで、まるで世の中には人見知りでない人なんて一人もいないようだ。

そして、自分はすごく努力してこうなった、今もすごく努力している、おせっかいかもしれないけど、キミも、今よりもうちょっと頑張った方がいいと思うよ、とアドバイスしてくれる。

その言葉に嘘はないのだろう。この人はほんとに人見知りなところがあるのだろう。

彼は言う。自分は人知れず努力してきた、誰も気がついてないかもしれないけど、そうとうツラい思いをしてきたんだ、みんな、自分のことを天然自然に陽気な明るいやつだと思っているようだけど、違うんだよ。すごい頑張ってるんだよ。みんなは絶対否定するだろうけど、キミと僕はほとんど同じなんだよね、違いがあるとすれば、そこにちょっとした努力があったかどうかだけなんだよ。こうやって打ち明けるのも、キミなら僕の気持ちがわかってくれると思うからだよ、人前に出るとすごい緊張するよね、初めての人に話しかけるのって、すごい怖いよね。わかる。わかるよ。僕も、めっちゃそうだから。あんまりそうじゃない人もいるようだけど、僕は、わりと、そうなんだよ。実は僕はキミと同じ側の人間なんだよ。どういう巡りあわせか、こういうキャラになっちゃったけどね。これはこれで役割としてやっていくしかない、シンドイけどね。いやこれ、なかなか理解してもらえないんだけど、ほんとにシンドイよ。めっちゃキツイよ。正直、キミのことがすごい羨ましいよね。でも、キミみたいな、そういう感じでやっていくのは、僕個人の価値観としては、ちょっと違うと思うんだよ。押し付けるつもりはないけど、人は一人で生きているわけじゃないじゃん。そうである以上、ある程度、心を開いて周りに飛び込んでいくべきだというのが、あくまで僕個人の考え方だけど、あるんだよね。キミも、今より、もうちょっと心を開いた方がいいとは思うよ。まあ、人それぞれの考え方があるし、押し付けるつもりはないんで、そこは誤解しないでほしいんだけど。

物凄く優しい口調でアドバイスしてくれる。私はそれに対して、何も返す言葉がない。とにかくできるだけ神妙な表情で、頷き続ける。

ガサツな上司に高圧的に説教されるのもしんどいが、こういうのもけっこうこたえる。

彼にはどう説明すれば、自分の今の状況を分かってもらえるのだろうか。何を言っても「わかる」と言うだろう。「僕も同じだ」と言うだろう。むしろ、「お前、ほんとに訳わかんねえよ」と罵倒してくる人の方が、数日へこむぐらいで、後を引かない。

こういう優しいアドバイスを受けた日は、だいたい帰りの電車の中で、頭の中をぐるぐると空想の会話が始まる。さっきまでの神妙さが嘘のように、饒舌に私はしゃべり始める。しかし空想の中の彼も、そうとうなやり手で、こちらがどう説明しても、やさしく柔らかく封殺してくる。独りで詰将棋をやっているようなものだ。

家に帰り、床に就いても、ぐるぐるは止まらない。眼は冴えて眠れない。やがて窓の外が白んでくる。この詰将棋に勝ち筋は一手もない、という結論に達する。

 

「アライくん」につづく。