マルコによる新明解独語辞典

WEB連載「マンガのスコア」とマンガ「ゴミクズマン」の作者のブログです。

ゲーム嫌いな私

多くの愛好者がいるのに、自分は何が面白いのかさっぱりわからない、という場合、その面白さというのはなんなのか、というのは、いつも気になる。

結局、「他人のことが、わからない」ということが、いつも自分の核になっているような気がする。

 

中学二年で関西に転向してから大学に進学するまでの十代の大部分を、他人と全くコミュニケーションせずに過ごしてきたので、大学からは「ちゃんと」しようと思った。

幸い東京の大学に進んだおかげで昔の自分を知っている者は周りに一人もいない。そこで人並みに文科系サークルなどにも入り、他人と会話する場所にも身を置いてみたのだが、ものの見事に全くしゃべれない。しゃべる能力がないことも問題だったが、まず、みんながしゃべっている内容がよくわからないことが問題だと思った。

そこで、良く出る話題を抽出してみると、スポーツ、テレビ、クルマなどの話題が多いことがわかった。とにかくこれらを受験勉強の要領で学習するしかあるまいと考え、まずはスポーツ新聞を買ってみた。読んでみたが、まるで暗号文のようで何が書いてあるのかさっぱりわからない。こんな難しいことをみんな、易々とマスターしているのかと思うと絶望的な気分になった。

とにかく興味のないことを勉強してマスターする作戦は、早々に挫折したものの、以来、他人が興味があるのに自分が興味が持てないものが、いつも気になるようになった。それはいったいどういう興味なのか。そして何故、自分にはそれがないのか。

 

私が最も苦手としているものは、はっきりしている。それは「ゲーム」である。

あらゆるゲームというゲーム、あるいはゲーム的要素をもっているものは、みんな苦手である。昔から、将棋やトランプやオセロなど、ゲームと名のつくものは大の苦手だった。

子供時代は、こういうものを避けては生きていけないので、しぶしぶやっていたが、大人になったら、もう、いっさいやらなくなった。

我が家にはWiiドンジャラや人生ゲームやトランプなどがあるが、私は絶対にやらないと宣言しているので、妻も子どももあきらめて、いつも二人でやっている。ファミコンは生まれて一度も手に触れたこともない。スポーツも、もちろんやらないし、観戦もしない。

なにがそんなに嫌なのかと自己分析してみるに、敵と対峙し勝ち負けを決めるというのが要するに苦手なのだろう。

ゲームには必ず勝者と敗者というものが生まれるが、負けるのはもちろん気分のいいものではないし、勝ったときの、なんとも居心地の悪い気分というのも、ちょっと苦手である。どちらの結果になっても楽しくない。

ゲームというのは、基本的に参加者が、勝ちに行かなくてはならない。勝っても負けてもどちらでもいい、という態度は、「本質的には」許されていない。(「現実的には」許されている。現に私は、しばしばそうであった。)特に、将棋やトランプなどのボードゲーム、カードゲームに顕著なことだが、勝ちに行くために、他人を出し抜くべく知力を振り絞らなくてはならない。素知らぬ顔をして、他人に罠を仕掛けなくてはならない。他人を蹴落とし、自分が少しでも浮かばれるために策を弄さなくてはならない。

ゲームに参入するということは、自分の中の敵意や攻撃性を白日の下にさらし、「自分は、あなたに対して危害を加える用意がある」ということをはっきり宣言するということだ。

これは私のような極度の臆病者には、けっこうな精神的負担である。

 

大学時代、サークルの合宿で、全員参加のゲームに強制参加させられたことがあった。細かいルールは忘れたが、たしか一人、鬼みたいなのがいて、この鬼が誰か一人を棒で叩き、叩かれた人が、鬼を当てる、みたいな内容だったと思う。とにかく、このゲームはめちゃくちゃに盛り上がり、いつまでもいつまでも終わることがなかった。

このゲームをしている最中、私はあまりの苦痛に、とうとう、ひきつけを起こして倒れてしまった。過呼吸で全身がつってしまったのである。みんなは訳のわからない顔をしながら別室まで運んでくれた。

翌日も「きのうのゲーム、面白かったからまたやろう」ということになった。

あれが、そんなに面白いのかと思うと、みんなのことがとても怖くなったことを覚えている。こんな人たちがうごめいている世の中で、この先ずっと自分は生きていかなくてはならないのか。一生、ひきこもって暮らす手立てはないものか、と思ったものだ。当時「ひきこもり」という社会用語はまだなかったが…。

(ただ、一つ付け加えておくと、そのゲームは、かなり長時間おこなわれ、参加者は男女問わず全員、叩かれまくったにもかかわらず、私を叩こうとした人は、ついに一人もいなかったということだ。当時から私は、そうとう神経過敏で、冗談の通じなさそうな風情を醸し出していたので、知らず知らずのうちに気を遣われていたのかもしれない。)

 

その後、大学を卒業した私は、いろいろ紆余曲折があって、幾度かの危機を迎えながらも、現在にいたるまで、なんとか、ひきこもりにもならずにすんでいる。これは半分以上は幸運によるものだ。

 

世の中というものは、ある意味でとても残酷なものだ。そうした残酷さを、外部に漏れ出さないように周到に囲い込んだ形で整備し、無害なかたちに希釈し直したのが、ゲームというものなのだろう。

どだい他人を押しのけることなしに人は生きていくことはできない。

かく言う私だって、まるで生活能力がないにもかかわらず、どうにか世間の片隅で生きていけているのは、かつて、大学受験や公務員試験などという闘争性の強いゲームに参入し、最低限の成果を上げたからに他ならない。しかし、これらは、直接、敵の見えないところで、無人爆撃機を操作しているようなものだったから、私のような者でも、なんとか耐えられた。目の前に他人の影が少しでも見えてしまうともういけない。

 

とにかく自分のできるギリギリのところで、やれることはやってきた。現在のささやかな居場所を確保するために、主観的には、相当つらい闘争をくぐり抜けてきた。これをやっていなければ、今頃どれだけキツイ境遇に追い込まれていたかと思うと恐ろしくてならない。

今だって私は、日々の生活の中で、できるだけ自分がババを引かないように周到に気を配り、半ば無意識のうちに政治的に振る舞っているのだろう。

このゲームからは、決して逃げることができない。