マルコによる新明解独語辞典

WEB連載「マンガのスコア」とマンガ「ゴミクズマン」の作者のブログです。

名前が思い出せない人

私は記憶力全般が弱くて、エピソード記憶のようなものもダメなのだが、とりわけダメなのが、人名・地名・数字の類いだ。

そのため暗記科目と言われる社会科などは、いつもヒドい成績だった。

歴史などは、どちらかというと大好きな部類で、高校時代に選択していた日本史など夢中で勉強したが、頭の中に備蓄することは全くできず、読んだそばからツルツルとこぼれ落ちていった。暗記ノートなど作って、”繰り返し学習”にも余念がなかったが、まったくダメだった。

一番好きな科目なのに、一番成績が悪いというチグハグなことになってしまい、おまけにあまり好きではない数学や物理などの成績の方がよかった。

進路選択の際、理系に進むか文系に進むか大いに迷ったが、あきらかに理系科目の方が成績が良い上に、周りも盛んに理系を進めるので、つい理系を選択してしまった。

結局好きでもないものは、まるで身が入らず、途中で文転してしまったが…。

 

そのような次第で記憶力に多大な支障をきたしていると、日常生活でもかなり不自由することが多い。

まず、仕事が全く覚えられない。もうかなり年季を積んだベテランと言っていいぐらいなのに、しばらく手をつけていない作業などはすぐに手順を忘れる。

だから、ひたすらメモを取る。詳細なノートを作る。まあ、これは誰でもやっていることだろうけれど。

それから人の名前が覚えられない。実は職場の人の名前もちゃんと覚えていない。隣の席の人ですら、異動で出てしまうと、ひと月もしないうちに、もう名前が出てこなくなる。

取引先などは、ひととおりの業務が終わるとすぐ忘れる。ところで、去年やった○○さんの件ですけど、とか突然言われてもわからない。あなたが担当したヤツじゃないですか、と言われても、「そ、そうでしたっけ…」とヘドモドするばかりである。

 

仕事は好きじゃないからだと言われればそれまでだが、実は好きなものでも、そう変わらない。

私は本好きと言って差し支えないと思っているが、まあ世の中には尋常でないレベルの読書家というのが、いくらでもいるので、そこは程度問題としておこう。とにかく硬軟取り混ぜ、なんでも読んでいる方ではある。

ところがいわゆる博覧強記の人ではない。なにしろ読んだそばから全部消えていくのだから。

このような不足を補うため、ノートやカードなどはかなりこまめに取っている。そういったメモ類は折に触れ読み返すが、まことに新鮮この上ない。「へええ、そうなの?」と驚くようなことが書いてある。書いたときも驚いたのだろうが、今もまた驚いている。

また、活字の本と並んで映画もかなり好きな方で、世間的に映画好きと自称して差し支えないレベルではある。

しかし、そんなことを口にして

「え?私も映画はけっこう観てますよ。どんなのが好きなんですか」

などとマウンティング合戦にでも持ち込まれようものなら、とたんにうちしおれてしまうのである。

年の功もあり、それなりに古今東西のあらゆるジャンルの映画は観てきたはずなのだが、すべては朦朧とした霞の彼方なのである。

むかし観たものを間違えてもう一度観ることもよくやる。これも詳細な記録を取っているので観たかどうかだけなら確認できる。

映画館を出たあと、どうも観たような観ないような、というモヤモヤした気持ちで帰路につき、家に帰って調べてみたら、やっぱり観ていた、ということになる。

映画の内容が覚えられないのだから、監督や俳優の名が覚えられないのは言うまでもない。ちょっとシネフィルぶって格好つけたくても、とっさに名前が出ないのだから様にならない。

 

といった案配で、とにかく記憶力がほとんどない私なのだが…、というのを話の枕に何を書こうとしていたか、今思い出したのだが、人の名前でどうしても覚えられない人がいる、ということを書こうとしていたのだった。

その人の名を窪塚洋介と言う。

私にとって、この人は特に好きでも嫌いでもない。演技に関して言えば、多少ケレン味がきついように思うが、それなりに上手いとは思う。役がハマれば、かなりいい感じの芝居をする。得がたい役者の一人とは言えるだろう。

私は、そんなに頻繁ではないが、この人のことが、ときどき頭にのぼることがある。

そのとき、必ずと言っていいぐらい名前が出てこない。他にもそういう人は何人かいるが、この人の場合、特にキツイのである。

これは一体何なんだろうと思う。私の脳内に不思議なつまりがあって、妙な規制が働いているのだ。

まず、この人の名前を思い出そうとすると、必ず「たしか、萩…だったか荻…だったか」と思う。

答えは窪塚洋介なので萩とも荻とも関係ないのだが、なぜかそう思うのだ。そして「萩原…?」「「荻野…?」などと必死に記憶をたぐり寄せようとしてしまうのだ。これでは「窪塚」にはたどり着かない。

なんなんだろう、この「萩」とか「荻」とかいうのは…。

 

私はかつてハリソン・フォードの名前がどうしても覚えられなかった。

ところが、あるとき、彼が日本のCMに出て「ハリソンくん」と呼ばれていたのを見て以来、この人の名が、すぐに出てくるようになった。

ハリソン・フォード」は覚えられないが「ハリソンくん」なら覚えられるのである。なぜだかわからないが…。

「ハリソンくん」を経由して「ハリソン・フォード」が出てくるようになったのである。

同じような例で、ニコラス・ケイジが「ニコラス刑事」というCMに出ていたおかげで、この人の名もすぐに出てくるようになった。(※と、書いた後、しばらくしてから気がついたのだが、これは私の記憶違いだった。実在するCMは、レオナルド・ディカプリオの出演する「刑事(デカ)プリオ」だった。それを見た私は「ニコラス刑事」もいけるな、と思ったのだ。それがニセの記憶にすり替わっていた!)

また、ロビン・ウィリアムズも、なかなか出てこない名前だったが、以前来日したロビン氏が、尿瓶を片手に「シビン・ウィリアムズ!」という捨て身のギャグを披露して以来、すんなり出てくるようになった。

 

このように何かフックになるようなものがあると、今まで覚えられなかった名前が、突然覚えられるようになるケースがある。

窪塚洋介にも、何か思い出せるようなフックを作れないかな、と思うものの、それほど差し迫った問題でもないので、そのままになっている。