(承前)「わからなかったこと」
もう一つ、わからないままになっていることがある。
「友人たちとお茶をする」などという経験はほとんどしたことがない私だが、一度だけ大学のゼミ生で集まってお茶をしたことがあった。
ある帰国子女の人が、英語をマスターするまでの苦労話をしていた。
最初のうちは怖いと思っても、とにかく現地の人たちの輪に飛び込んでいくことが大事だと言う。それが出来ないといつまで経っても喋れない、外国に長いこと滞在しているのに、全然喋れない人ってよくいるんだよね、と言った。
それを聞いた私は、
「私はそのタイプかも知れませんね」と言った。
すると別の女性が、キッとこちらを向いて
「あの、ちょっと失礼なことを言っていいですか」と言う。
私は何を言われるのかとビクビクしながらも「どうぞ」と答えた。
すると脇から
「いや、失礼なことは言っちゃイカンだろう」と茶化す者がいた。
「あっ、そうですね。じゃあ、やめときます」
私は焦った。言われなかったら言われなかったで、逆に気になる。
「え、別に気にしませんけど何ですか。」
「いえ、もういいです」
「あの…、ホントに気にしないんで」
何度水を向けても、答えようとしなかった。結局彼女は、私に何を言おうとしていたのだろう。
その後卒業してから、彼女から毎年、年賀状のはがきが届いた。年賀状をやりとりする友人などいない私にとって、ほとんど唯一の年賀状だった。
ところが、その年賀状が、ある年、ふいと来なくなった。
数ヶ月後に彼女の実父という方からのはがきが届いた。娘の突然の死を告げていた。死因は書かれていなかった。
これで、彼女が私に告げようとしていた言葉の謎は、永遠に閉ざされることになった。
「全力で空気を読む」につづく。